家庭環境が悪かった子供時代│お酒を飲むと豹変する父親のこと。

私の父は普段は優しいのにお酒を飲むと豹変します。怒鳴ったり、暴言を吐いたり。ときには暴力をふるったりすることもありました。

子供のときはコレがほんっとうに辛くて今でも思い出すと胸が痛い。

子供のときの心に戻って胸がズキズキする。

 

今回の記事では私がどういう家庭環境で過ごしてきたかを話すんですけど、なぜ急にこんな話をしだすかというとちゃんと理由があるんです。

ものすっごくあつかましいことは重々承知なんだけど、私の過去を聞いて今現在、家庭環境で辛い思いをしてる人に、元気というか勇気というか一歩足を踏み出すきっかけになれたらなって思って。

 

コレって私だけかな、ものすごく辛くてもう自分はダメだ、運が悪い、何やってもダメだってとき、他人の辛い話を聞いて心が少しラクになるときってありませんか?

「あ、この人も辛い思いをしてる」

「この人より・・マシかもしれない」

「この人も辛い思いしたけど頑張ってる・・自分ももうちょっとだけ頑張ってみようかな」

って少しでもそう思ってくれたら。

 

・同じように家庭環境が悪くてつらい思いを今現在もしてる人

 

・過去に辛い思いをして今も抱えている人

 

・辛い思いからなかなか抜け出せない人

そんな人に届けたいです。

 

 

スポンサーリンク

家庭環境が悪かったのは父がお酒を飲むときでした

お酒を飲んで機嫌が良いときもありました。

例えば仕事の部下の人たちが家に来て一緒に食事したり、私や兄弟の友達がきたときは終始ごきげんなことが多かった。(三人兄弟で私が長女で弟、妹といます)

でもほとんどは機嫌が悪いことが多かった。仕事で何か嫌なことがあったりしたときは最悪でした。

 

子供のときによくあったのが、まず母を呼び出して目の前に座らせ延々と説教。

お前は掃除ができない、仕事も出来ない、何も出来ない、稼ぎもできない、、、

両親は自営をしていたので父と母は一緒に仕事をしています。そしてその仕事ぶりに対してダメ出しをしまくる。

それがエスカレートしてくると母の家族の悪口や言葉の暴力、そして私達三兄弟に対しても普段の生活に対して怒鳴って説教。(片付けや勉強のことなど)

 

私は子供のとき、母にいつも聞いてました。

「ねえ、今日お父さん機嫌悪い?」

母の口から「今日は機嫌悪い」と聞くと心がズンッと重くなり、その日一日は絶望した気持ちになりました。機嫌が悪いときの父が帰ってくるのが本当に嫌だった。

 

そして夜になると必ず晩酌をする父親。お酒を飲まない日はない。必ず毎日飲む。

夜が大嫌いでした。夜はたいてい機嫌の悪い父が帰ってきてお酒を飲んで家の雰囲気が悪くなる。夜なんてこなければいいのに・・・と子供の頃はいつも思っていました。

 

そして夜も更けてくると母に対して一方的に説教。エスカレートし怒鳴る父。泣く母。泣く母を見て泣く弟と妹。泣きながらも止める自分。

一旦話が終わり母と、泣き疲れて眠る弟と妹を部屋に運び、戻ると酔っ払って寝てる父。

 

母と何度も家を出ようと思っていた。でも母は自分一人の力じゃ子供三人を育てていけないと思いこんでいて、なかなかその環境から抜け出せなかった。

私も子供だったからどうしたらいいか分からなかった。とにかく父の機嫌が悪くならないようにその場を盛り上げたり、「いい子」になりまくった。

 

自分(母)は何もできないから稼げない、私の力じゃ子供たちを育てられない、子供たちのためにガマンするしかない・・といつも耐えていました。

父が「お前は何もできない」と否定することが多かったこともあって、母は自分一人で子供たち三人を育てることはできないと勇気ももてなかったし自信も持てなかったんだと思います。

「お母さんがガマンすれば。。」っていつもいつも言ってました。

 

普段の優しい父の存在が更に私達を苦しめた

お酒を飲まない父は優しかった。暴力は絶対ふるわないし、暴言も吐かない。

弟と妹が小さいときは、休みの日に高い高いしたりお馬さんになって遊んでくれるときもあったし、キャッキャしてる弟と妹の姿もあった。

お酒を飲むときのあの嫌な雰囲気や表情は一切でない。

お酒を飲まないときは私達兄弟に面白い話をしてくれたり、勉強になることもたくさん話してくれました。

お酒を飲まないときの父のことは大好きでした。私も母も兄弟も。だから家族で笑って過ごすこともあった。

父の機嫌しだいでまるで別の家族みたいだった。

だからこそ、母と私と兄弟は余計に苦しんだ。

 優しいときの父、父と楽しい時間を過ごすことの幸福感を知ってしまっているので、完全に憎むことが出来なかった。

 

母もよくこう言ってました。

「お父さんはお酒さえ飲まなければ優しいんだよ」

このお酒さえ飲まなければという言葉が鎖(くさり)のような縛りのようなものになってしまって、完全に父を手放すことが出来なかったんだと思う。

 

私は父の実子ではなかった

16歳のとき。いつも通り喧嘩をして一旦落ち着いたときに母が「ちょっとchissaに話したいことがある」と。

二人で車に乗って10分ほど。近くの空き地の駐車場に止まって母が深刻な顔で話しはじめました。

「ずっとchissaに言ってなかったことがあるんだけどお父さんね、chissaの本当のお父さんじゃないんだ」

「え、、、?」

 

ほんっっとびっくりしました。以前ねドラマかなんかである女の子が茶色のたんすから戸籍票をだして「わたし、、お母さんのほんとの子じゃないんだ、、」みたいなドラマを家族と一緒に見てて、そのとき冗談で「え?わたしこういうのないっしょーー??www」なんて言って「ないないー」なんて話したことあるのに、え、まさかの実話!?と驚きました。

でもねなぜかこのときショックというか「あ、お父さんて私は本当の子じゃないのにここまで育ててくれたんだ」って思ったんです。

先程も書いたようにお酒さえ飲まなければ優しくて楽しい父。可愛がってくれたこともたくさんあるんです。

 

ほんとにこれは不思議な感情なんですけど、この件もあって、父のことをなぜか憎めないんです。感謝してるからなのか、実子じゃないのに育ててもらって恩を感じているのか、自分でも良く分からないけど、なぜか憎めない。

 

なぜか父を憎めない、いや憎みたくなかった

これはもともとの私の性質なんだと思う。

争うこと、嫌なこと、ネガティブなことがどうも昔から苦手。

子供の頃からドラマを見るのが苦手で、ドラマって必ず誰かが悲しんだり辛い思いするでしょ。それが見ていられなくて。

 

そんなことで、人を嫌いになるってことがどうも苦手。人を嫌いになるのって心が支配されるじゃないですか。

嫌いな人はいるけど、そういう人とは関わらなくていいだけだし、普段はその人のことを思い出しもしないから別に心の負担にはならない。

 

でも父親となると家族だしどうしても関わらざるをえない。だから私は憎むことが出来なかった、というより憎まないほうが心がラクだったんです。

憎むって感情って、すごくエネルギー使うし、心が暗くなるし、すごく支配される。

 

そんな負のエネルギーに支配されたくなくて、憎むことを身体が勝手に辞めてるんだと思う。私の意思というより、身体が勝手にそうしてる。

 

「私が母を助けなきゃ!」という使命感が辛かった

そんな家庭環境だったので、長女だった私はいつも「母を助けなきゃ!」「弟、妹を守らなきゃ!」と思っていました。

実際父と母が言い合いしてるときに私が仲裁に入ると、喧嘩がおさまったり、父の機嫌がおさまったりしたので、一階のリビングから父の機嫌の悪そうな声や怒鳴り声が少しでも聞こえると、ハッとすぐに反応してました。

二階にある自分の部屋から「はあ、、またか。。」と下へ降りて仲裁に入ってました。

 

この頃「お酒を飲んでごねてる父の機嫌をよくする術」みたいなのを身につけていたので、それでうまく母を離したりしてました。

毎回母に「ごめんね、いつも。chissaじゃないとお父さん止められない・・」と言われたこともあり、父を止めるのは私の役割になっていました。

喧嘩の仲裁は私にしかできなかった。だからいつもいつも母や兄弟を助けなきゃ!と思っていました。

 

でもそれが結構苦しかったんです。母を助けられるのは私しかいない、この家を守るのは私しかいない、この家を救うのは私しかいない、、、と勝手に使命感を持っていました。

それと同時に心に重い鎖を付けているような、逃げられないような感覚があってとにかく辛かった。。

 

この家をなんとかしやきゃ、父親をなんとかしなきゃ、でもうまくできない。いやそれよりもみんなを連れて家を出たほうがいいかもしれない、でもそんなお金ない、、そのためにはどれだけバイトしたらいいかな、弟と妹は?学費は?ダメだ・・・とても払えない、、

自分が家族に対してなにもできないことや、家の環境を変えられないこと、無力感にうんざりする日々。

 

こんな一生懸命考えてるのにどうして父は変わってくれないの?お酒をやめてくれないの?家族がこんなに悲しんでるのにどうして分かってくれないの???

もう心が疲れ果てていました。

 

19歳の頃一人暮らしを始める

19歳になって一人暮らしを始めることにしました。

理由は父親から解放されたかったから。そして母の居場所を作るため。

 

これまたいろいろ事情があるのですが、母は自分の実家に帰ることができなくて、どれだけ喧嘩しようが、泣こうが、心がくじけようが、帰る家はこの家しかなかったんです。

心をメタメタにやられても逃げる場所がないって本当に辛いもの。母は相当苦しんだと思います。

 

だから自分が一人暮らしを始めれば母の逃げ場所、居場所を作ってあげられる、そしていずれ兄弟も一緒に暮らせればなーとぼんやり思っていました。

 

実際一度大きい喧嘩をして、母が私の家に一週間ほどいたこともあります。

そして家に帰ることになったとき私も付いていき、父と家族全員で話し合いをしました。

 

やはり変わらない父。人を変えることはできないものなんだと実感した

母がわたしの家に家出してきて一週間たち、弟と妹のために帰ることになったとき、私も一緒に話し合いをするためについていきました。

このとき父は反省はしていたけど、あまり自覚はしてない感じ。私も母も弟・妹も父に変わってもらうことを期待をしてきたけど、これまでもこういうことって何度かあったんです。

 

大喧嘩して家族ボロボロになって話し合って、でもたくさんたくさん話し合いしても期待しても、結局なんにも変わってくれかった。お酒はまったくやめてくれなかった。

やはり人を変えることなんてできない。

 

不幸があったときや本人が自分を変えたいと行動したときじゃないと人間は変わることはできない。

父を変えようと思えば思うほど空回りするだけで、ただただ消耗していくだけ。

「人を変えることは出来ない」と身をもって実感しました。

 

親なんだから、家族なんだから大事にしなきゃという固定観念は今すぐ捨てていい

私は今結婚して子供も三人いますが、父と母にはほとんど会ってないです。年に数回会うくらい。

変わらず自営をしてるので仕事が忙しくてなかなか会えないってのもありますが、あまり会わないようにしてます。

 

というのも以前母が「chissaが幸せならそれでお母さんは幸せだよ」って言ってくれたのがすごくストンっと落ちて、やっと・・自分の家族のことだけを考えられるようになりました。

 

それから自分が子供を産んで分かった思いというか感情があるんです。

それは、

「子供には子供の人生を生きて幸せになってほしい」

ということです。

同じ母親という立場になったから分かったことだけど、子供には自分(母)のことは気にしないで生きてほしい。

だから「自分の親だから助けなきゃ」とか、「自分がなんとかしないと!」って思わなくていいんだなって。

 

もし私がなにかとても悪い環境下にいて、子供が「ママのこと絶対守るよ」って言われたら真っ先にこう言う。

「やめて」って。

私のことは自分でなんとかするから、あなたはあなたの人生を生きて、楽しく過ごしてって。

 

むしろ子供に自分のことを心配させてとてもとても申し訳ないって思う。

もし私のことを心配でほっとけないって思うんなら、今すぐこの環境から出てあなたが幸せになってって思う。

あなたが幸せになること。それが私のことを助けることになるよって。

以前母が「chissaが幸せならお母さんも幸せ」って言ってくれて、そっかじゃ私は今のこの家族(旦那と子供三人)のことを大切にしていけばいいんだなって、心の底から思えたんです。

もちろん母のことは心配だし、父のこともなんとかしたいって思いはあるんだけど、前よりは思わなくなった。
(実際父はだいぶ落ち着いて暴言を吐くことはしなくなったよう)

使命感から解放されたんです。

 

「親のことを大事にしなさい」ってよく言うじゃないですか。

でも親を大事にすることであなたの人生がダメになるなら親のことは大事にしなくていいです。

 

同じ母親という立場になって気づいた思いでした。

 

家庭環境が悪い・悪かったあなたにこれだけは伝えたい

家庭環境が悪いといっても私のようなケースだけでなく、いろいろな家族のカタチがあるかと思います。

でもね、これだけは言いたい。

親の事は大事だろうけど、親の人生とあなたの人生は決して同じじゃない。

 

あなたの人生はあなたのもの。

楽しく生きてほしい!!!

今すぐ家から、使命感から出てあなたの好きな事をして!

 

おわりに

今回の記事を読んで少しでもあなたの心に寄り添えられたら感無量です。

 

あとね、こんな家庭環境で育ってきたけど、今はピンピンしてるよ、バカやったりして生きてるよ、こんなふうに楽しく生きてるよってのも知ってほしかった。

他の記事見てみて!ほんっと変なテンションで生きてるから!!

 

「なんだコイツがこんなふうに生きてるんなら自分ももういっちょやってみるか!」って思ってもらえたらほんとサイコーです!!

 

こういうのきれいごとって思う人もいるかもしれないけど、でももしあなたが辛い思いをしてるなら私のこの話が一歩踏み出すためのきっかけや後押しになれたらって本当に思う。

辛かったときに友人や家族にたくさん助けてもらいました。その恩をこういうカタチで恩返ししたい。そんなつもりで私の経験を話しました。

 

これであなたが少しでも一歩前に出られたら、私は本当に本当に嬉しいです。

スポンサーリンク